いつもどこかでアウトリーチ
この経験をしたとき、KMI 広報の南崎梓さんが、科学と社会の関係についてご講演くださったときのことを思い出しました。科学は社会に属するものとして、社会は科学を擁するものとして、互いにコミュニケーションを続けて信頼関係を築く不断の努力が必要であると学びました。それまで自分は、研究に携わる者として最優先するべきことは同じ業界にいる研究者・専門家の方々に認めてもらうことだと考えてきました。一般の方々に科学をお話しする機会というと、業界の専門家が分野を代表してお話をする一般講演会のようなイメージが強く「私のような学生にはまだ関係ない」と思い込んでいたのです。
しかし、アルバイト仲間との会話を通して、自分の生きている研究者の世界が社会からは遠く離れてしまっている現状を目の当たりにしました。もしかしたらこうした状況が博士人材の重要性の理解不足など、アカデミック界の直面する困難に拍車をかけているかもしれないと気付きました。「もっといろんな人がいろんな場面で研究の話をしていいのかもしれない、大学院生という自由な立場だからこそできるアウトリーチの形もあるのではないか?そういう地道な努力こそ、長い目で見たときに科学と社会の信頼関係を構築するために重要なのではないか?」自分の中で考えがだんだん変化していきました。
自分には具体的に何ができるか考えていた矢先、南崎さんに上記の経験と気付きをお話しする機会に恵まれました。「大学院生として科学を伝えたい」という私の願望と、「学生のアウトリーチ活動を支援する機会をつくりたい」という南崎さんの構想がマッチし、素粒子宇宙起源研究所 (KMI) 広報室をプラットフォームとして素粒子・宇宙分野の学生が科学コミュニケーションを行うチームをつくることになりました。こうして結成したのが KMI Science Communication Team です。南崎さんをアドバイザーに迎え、高エネルギー素粒子物理学研究室の綿井凌太くんと立ち上げました。
私たちには、伝えたいことが二つあります。一つ目は、素粒子・宇宙の研究の面白さや重要性です。日常生活の中で、素粒子や宇宙が話題にのぼることはほとんどありません。しかし、素粒子は私たちを形作る物質の究極的にミクロなものの見方であるに過ぎません。宇宙というと、もっと日常とはかけ離れた存在に思えますが、究極的にマクロな見方をした私たちの住処です。時を遡っていくと、一見対極に見える両者が密接に結びついてしまう不思議も垣間見えます。切り口を変えて、少しでも身近に感じてもらえるように工夫しながら、素粒子・宇宙の物理の面白さを発信しています。また、素粒子・宇宙の基礎的な理論は、わかっている部分もあれば未解明の謎もあり、自然科学の重要な研究対象の一つです。KMI SCT では、日々謎と格闘する中で大学院生が肌身で感じた面白さを自分たちの言葉でお伝えしています。一人でも多くの人に素粒子や宇宙を身近に感じてもらえれば幸いです。
二つ目は、研究者としての生活や実態です。例えば、理論物理学者と聞くと、多くの人は「一人で研究室にこもってガリガリと計算をこなす」というイメージを抱くかもしれません。中にはそういうタイプの方もいますが、実情はだいぶ異なります。多くの場合、他の人とアイディアについて議論する時間が非常に重要視されますし、研究成果が出たら国内や世界各国に発表しに出かけます。これからも、ありのままの研究者の実情を、大学院生の目線から等身大でお伝えしていこうと思います。Web の記事を読んでくださった方、企画したイベントに参加した方と、再び研究の世界で出会えたら最高に嬉しいです。
私がこのチームで携わることのできた活動は以下の通りです。
「昨今のコロナ禍において、最も大きな影響を受けているのは誰か」という問いに、人によって様々な答えが浮かぶと思います。2020年当時の私たちは「大学一年生」をひとつの答えにあげました。このチームでの初めのプロジェクトとしてサイエンスカフェを企画しようとしていた矢先、大学での対面での打ち合わせすら不可能になってしまいました。「大学で理学を学び研究するものとして、いまだれに何を伝えたいのだろうか?」企画の出発点に立ち戻ったとき、一年生の姿が浮かびました。キャンパスにすら気軽に足を踏み入れられない現状で、私たちにとっての大学の日常の姿は、きっと一年生たちにはまだ見通せていないことでしょう。大学とは自分だけのテーマをとことん探究できる自由な場所であることや、大学の講義の大切さ、その先に待っている研究の面白さを伝えたいと強く願いました。物理学教室を中心に、新入生へのメッセージを募集したところ、大変ありがたいことにのべ 25 名のメンバーからあたたかく力強いエールをお寄せいただきました。メッセージをまとめたWebページは反響も大きく、理学広報誌にも取り上げていただきました。素晴らしい企画になったと自負しています。
この企画を運営する中で印象的だったのは、新入生へのメッセージを書いていたときに、不思議と自分自身も励まされ、自然と前向きな気持ちになれたことでした。新一年生に伝えるために、自分の研究の原点や、意義を振り返ったことで、自分の立ち位置を再確認でき、いま自分がやるべきことがはっきりと見えたのだと思います。この記事を書いている現時点でも、新型コロナウィルスの状況は予断を許しませんが、この企画は「いまの自分にできることを地に足をつけて一つ一つこなしていけばよいのだ」と思い出させてくれる大切な経験になりました。
「素粒子・宇宙に関する話題を、おやつをつまむように気軽な気持ちで楽しんでもらおう」というコンセプトで Web ページを作りました。初めは、今後アウトリーチを行う際に引用できるように、素粒子・宇宙に関する基礎知識をまとめた教科書コンテンツを作成する方向性で企画会議をスタートさせました。しかし、基礎知識をまとめたコンテンツは他の研究機関の Web ページにすでに存在し、自分たちのオリジナリティをどう発揮するか悩みました。議論を重ねるうちに、「本当に面白いのは教科書に書いてあることよりもむしろ、その先のわからない謎を開拓することなんだよね」と大学で日々研究する中で感じていた思いが言葉になりました。そこで、すでに知識として確立されている部分だけでなく、その先の謎 (=dark) な部分にも踏み込んで紹介することにしました。日々研究に携わり謎と格闘している大学院生だからこそできた、オリジナリティ溢れるコンテンツになったと思います。「Dark Candy」という名称をつけて名古屋大学のホームカミングデーで公開したところ、たくさんの方に Web ページを訪問していただきました。また、サイエンスカフェ(KMI ITbM Mix Cafe)では、このコンテンツでリリースした話題をもとに暗黒物質に関して講演する機会をいただくことができました。
このコンテンツは現在もひとつずつ扱う話題を増やし、キャンディ・ポッドの中身を充実させています。皆さんももしよかったら、一粒つまみ読みしてみてはいかがでしょうか?
「ポケットに物理を」というコンテンツでは、KMI オリジナル付箋紙の作成を行いました。オリジナルグッズを作成しようという案が持ち上がり、どんなグッズがいいかメンバー間でブレインストーミングをしました。そのとき、実験研究室所属のメンバー発案で「テーブルトップ実験機器で大きさの基準になるように、誰でも大きさが想像できる付箋紙はどうか?」という意見が出ました。理論研究に携わる私にとっては、とても新鮮なアイディアでした!「付箋を基準 (ものさし) として使うなら、いっそのこと付箋紙を素粒子・宇宙分野の研究者が考えているスケールとも比べてみたら面白いかもしれない」どんどんアイディアが膨らんでいきました。
・「付箋紙の面積には一秒あたりどれくらいの素粒子が空から降ってきているの?」
・「宇宙が付箋紙くらいの大きさだったのはどれくらい前?」 ・「地球を付箋紙の大きさにぎゅっと閉じ込めたらどうなる?」各メンバーの専門を生かして、付箋紙 x 素粒子・宇宙に関するなぞなぞをたくさん考案し、付箋紙に印刷することにしました。付箋紙を手に取った方にはまず、何も見ずになぞなぞを楽しんでもらいます。そして、答えや詳しい解説が知りたくなったら裏面の QR コードから Web ページにアクセスしてもらいます。最終的に答えがわかったところで、もういちど手元にある付箋紙に意識を戻し、それを基準 (ものさし) として素粒子・宇宙の世界のスケール感に思いを馳せてもらう仕掛けです。様々な専門を持つメンバーの意見を融合させたことで、ユニークなコンテンツを生み出せたと思います。
私が執筆したのは「宇宙が手のひらサイズだったとき」という記事で、元 KMI 特任助教の小林洸さんと共同執筆しました。付箋紙に関するなぞなぞを応募したときに、小林さんから「宇宙が手のひらサイズだったのはいつごろか計算してみたら面白いのではないか?」とアイディアをいただきました。初めは、「そんな難しい題材を一般向けの記事にまとめられるのだろうか?」と半信半疑で議論していましたが、ひとつひとつ物理を噛み砕いて説明していき、最終的になぞなぞと一つの答えに落とし込むに至りました。解説文の最後では、それまでに導き出した答えの妥当性を議論しています。「一度出した答えにも疑いの目を向け、常に真実を追求する」という科学の姿勢を自分なりに表現できたと思っており、とても気に入っています。この場をお借りして、小林さんに改めて御礼申し上げます。
藤原 素子
Motoko Fujiwara
KMI Science Communication Team 発起人
所属期間:2020年4月-2022年3月
所属研究室:素粒子理論研究室